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スリーボンド「 体験セーリング 」
2010年08月22日(日)ナショナル・ジオグラフィック・チャンネルで、スリーボンド社の「 体験セーリング 」の企画を知りました。
応募して参加が決定!
朝08:15 逗子に集合で寝坊して焦りましたが、何とか間に合いました。
この経緯はこちらの記事で
→ http://nihedon.hama1.jp/e865346.html
写真は、まだ帆を張る前のヨット。
「 Three Bond 」号。
お次の写真は帆を張った所。

おおお…。正しくヨットだあ〜。
今日、一緒に乗ってくれるのは、海帆ちゃんと、海帆ちゃんのパパ、そしてニヘドンです。
ニヘドンも同伴者を連れて行く人数枠が有ったのですが、高校生の息子ちゃんがオープンキャンパスに申し込んでしまい、オープンキャンパスに参加するのも夏休みの宿題の内の1つだったので断念。
先ずは逗子市役所前から迎えの車に乗りました。
ニヘドンはナショナル・ジオグラフィック・チャンネルから申し込んだので、ナショジの企画だとばかり思っていました。
だってヨットで太平洋横断! とか、如何にもナショジが好んで取り上げそうじゃないですか。
でも実は「 スリーボンド 」社の企画だったのです。
スリーボンドは工業用接着剤のメーカーで、本社が八王子に有ります。
創立当初は自動車エンジン用ガスケットを製造していたそうです。
現在、スリーボンド社はスポーツ分野ではF3とヨットの支援を行なっています。
送迎車には3人のスリーボンド社員が乗っていました。
皆さん、八王子からいらしたとか。
うわ…何時に起きたんだ?
車のナンバーも八王子でした。
では早速、何でもインタビューをしてみよう!のコーナーです。
「 日本のヨット人口は少ないのに、何でスリーボンドさんはヨットの支援を始めたのですか? 」
( ニヘドンの息子は、小学校4年生の頃、横浜市民ヨットスクールに入っており、1年間、OP 艇の訓練を受けていました。
だからニヘドンは毎回の送り迎えで、自分はヨットには乗らないものの、全く知らない人よりは、少しはヨット関係の知識が有る積もりです。)
「 ヨットは風の力だけで走るエコな乗り物だからです。」
前日の土曜日は、午前中は風が弱く、余りスピードは出なかったが午後は風も出て
参加者の皆が喜んだ話や、色々と話しが弾みました。
二へドンが1つ提案をしました。
「 私、音楽が好きでよくコンサートに行くんですけど、ギターを弾く人って、
爪にボンドを塗るの知ってますか?
ミュージシャンだったら、アマチュアを含めたら凄い人数になるので、
ボンドの市場拡大にいいんじゃないですか? 」
「 あ、僕、バンドやってたから分かる。 分かる。 ほら、ピックを使わないで、手弾きで弾く人って、
自分の指の爪を守る為に、ボンドを塗る人いるわ。 」
「 あ、いいねえ。 布袋ブランドで売り出そう! 布袋! 布袋!! 」
「 布袋なんですか? 布袋寅泰が好きなの? 」
「 あっはっはっはっは! 」
ヨットに乗る前から既に盛り上がってしまった私達。
管理棟が近付くと、「 鎧摺 」( あぶずり )と云う古い地名のバス停が有ります。
この難しい地名の由来は、源頼朝がここを馬で登った時に鎧が地に摺った事だそうです。
へー。 こんな所に頼朝が・・・。 鎌倉はすぐ先ですものね。
この付近から駐車場に入ろうとする車で大渋滞。 全然先に進まなくなりました。
「 慶應大学ヨット部だって。」 海帆ちゃんが言いました。
そうなんです。 葉山港と慶應ヨット部は歴史が古いみたいです。
管理棟に、2010年06月の朝日新聞の切抜きが貼られていました。
それを読むと、「 慶應大学水泳部が、ヨットを浮かべたのが日本のヨット発祥 」 と
書かれています。 でも、これちょっと違う!?
慶應大学三田ヨット部のホームページにはこう記載されています。
「 1932年02月17日慶應大学水泳部内のヨット同好者が、部内に慶應ヨットクラブを結成 」。
確かに、鎧摺には、「 日本ヨット発祥の地 」の碑が立っています。
一応、ヨットの帆の形をした発祥碑なのですが、如何せん地味。
多分、多くの人が、直ぐ側を通りながら気が付かずに素通りしているのではないでしょうか?
この碑の事をインターネットで調べていたら、こんな表記に遭遇しました。
「 横浜の居留地に住む外国人が、ヨットクラブを作ったのが最初。
当時の農商務司法大臣の金子堅太郎伯爵の子息が1882年( 明治15年 )に
ヨットを建造し、葉山で楽しんだのが日本人による最初のヨットである。」
でも、これも鵜呑みに出来ないなあ・・・・・・。
と言いますのも、二へドンの息子ちゃんは、1年間ヨット・クラブに所属していたでしょう。
ヨットって、目に見えない波のうねりや風の向きや強さを読む能力が要求されるから、
車の運転よりも難しいと思うのです。
1回や2回の帆走で、「 楽しめる 」のかなあ?
伯爵のご子息だから、居留地の外国人に高いコーチ料を払って、教えてもらったのかなあ?
もし、ただヨットに乗っているだけで、誰か他の人に操舵してもらったとしたら、
それって厳密な意味で「 日本人によるヨット発祥 」とは言えないのでは?
まあ。
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「ドンドン日記」
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神奈川フィル・コンサートマスター(超イケメン)を追いかけながら、あちこちのコンサートを巡り、周辺のレストランで食べまくり、裏道を歩き回り、ブログに書きまくっています!!


